memo.

 

12/1


午後の三時に起きました。
パソコンのキーボードが死んでいました。
ヨドバシにて具合の宜しいもの購入。


昨日は、朝からお出かけ。あやしげな場所へ。
その後は中野ブロードウェイにある、まんだらけ。精神世界な本の専門店に吸い込まれました。
クリシュナムルティの本 買いました。
夜は、映画を観ました。

色々な本やら読み漁って、己の良く判らぬ嗅覚により行き着いてる人々と
丸山健二は同じ事を云ってる。
改めて すげえと思う。


徹底したアウトサイダーでいることだ
いじけた陳腐な孤独とは別種の
真の孤独の中にいることだ。


11/29

夏に参加させて頂いたレインボーアーツ。水面下に潜入です。ぬふふ。

トランスジェンダてのは全く 無常そのものみたいですね

対象へも己へも、それを固定しないのなら

何が残る

何が見える

あるがままだけ そのまま見たいと思う。

 

暇なせいで なにげに描いて い ます ね…

単にわたくし超自己中野郎だったのかもしれんですね。

ここは、やっとまともな立ち位置なんだろうか。

mixi ここでもぶつぶつやってます


11/22

わたしをしばるもの

あほなことり 安アパート

うおおおなんとゆう解放感。

映画祭で「おそいひと」及び監督のトークを観る。来年DVD化決定しているようです。

場所を移し、舞踏を観る。美しく、哀しいほどに、またもやむき出しでありました。素晴らしい。


11/15

結局 どこまでも我を守る上でしか何もなし得ない自我の悲しさを
眺め 諦めてみる 笑ってみる
あらゆる感情と思考は条件反射的に
自我による自我の為の自作自演でしかないのではないか
どこまでも守りたがる私は私に騙されている

子供の頃から絵を描くことは好きだった。学校に行けず家に籠ってひたすら描いていたそれは私の存在意義と自信となり
いつしかそれは、幼い頃から受け続けてきたダメージや感情を表現するようになり
いつしか 一般的平凡な生活や幸福よりも脱落と苦痛をあえて待ちわびるような 部分をどこかに作り出していった。
それは表現の核 私の存在意義に繋がるものだから。
いい感じでその核もズラすことも可能でしょうけども

さてさて

どうなることやらですよ 笑

来週でいよいよ派遣が切れることになり、昨夜は職場の方にご飯に誘って頂いた。
またどこかで会えるといいな。本当に居心地の良い最高な職場でした。


11/9

あるとき 悲しみのどん底で

鏡を見た

そこに居た 感情から切り離された 冷静な視点のよなもの

あいつ

絵を描く時に、感情を感覚を認識しそれを表現可能にする客観そのものの塊

あいつだ

肉体 感覚 心 の外側にいつもいる

あいつを ちと追いかけ回しております

絵はどうにかなるでしょう

 

そういえば

ふと カゼマルランドて何?と今更ながらタイトルに違和感を覚え… 遅いですな。

とりあえずそのまま 加瀬世市 web siteと名前変更いたしました。


11/3

3日だけ走って、体調崩して風邪引いて、やっと復活してきました。

仕事行って 本読んで 寝るだけな日々。

今迄通りに今、絵を描こうとしたとして、それは自作自演でしかなくなる気がしている。

今迄も絵を描く上で、感情的精神的な自作自演である部分が数%在り、誰しもそんなものであるのであろうけれど。

明らかにそれが今 過去の物になっているからには

過去の物を描く事に意味はない。戻りたいとも 思えず。

 それでもなにか描くのだろうけれど。

苦しみとか 悲しみとか 痛みとか 逃げるでなく 抱き締め過ぎてしまったら人間終ってしまうのかしら。

 

「  わたしなど
     さけてもいいの
     さけてもいいの
     さけてもいいの
     さけてもいいの
        さけてもいい   」

無力と 自己犠牲を歌う
倉橋ヨエコの「楯」という曲がある

なにかを願う
想う
しかし
無力で何も出来ない
だから


「いつか声になる」
「いつか楯になる」


いつかが ある
わたし など
さけてもいいでなく
さけてしまえば
そこになにが残るのだろう
いつか さえもなくなってしまったら
さけて わたし がなくなったなら


10/20

今朝駅に着いて、暇つぶしが依存になる危険物体なあれ、携帯電話を忘れた事に気付く。

いいや。

健康診断で、去年は1、0弱はあった視力が両眼とも0、4まで落ちている。本読み過ぎ。パソ見過ぎ。

仕事しつつ電車乗りつつ
色々と読み過ぎて頭ぱつんぱつんな奥の方でじわじわと 何か融合してゆく感。みなそれぞれ同じ事云ってるだけみたいだ。

昨日から、部屋で運動する代わりに外を走り出した。

気持ち良い。

 

じじいと鳥語にて鳴き交わす毎日。

ハイテンションで一方的に鳴きまくると、暖かな白い目で見られるのです、じじいに。どっちが鳥だ。


10/18

なにやら カウンセリングを受けて絵に毒気がなくなった 凍える鏡の主人公みたいで。

ネガティブな描かずにはいられない吐き出したいものが見えなくなってしまた。

そ、そういえば超手荒な治療を受けたよな気もする…。

変な本読み漁りつつ。余計そゆの馬鹿らしくなってしまっている。

粘土をいじりたくて、粘土を練ったところで、粘土を放り出し、

側に佇む牛骨に引き込まれ。でさんする。

粘土は 変なオブジェを気ままにやっちまいますよ。でもひとがたになってしまうな。


10/13

読書の秋です。

納得出来ない事柄のもやもやを晴らしたくて 本を読み漁る。
こんなもの追求してしまって大丈夫なんだろかとゆ矛盾に抗いつつも止まらない。
今はきっと何かを掴まない事には描きたいものも何も見えて来ないので、とことん行ってしまおかな。

どしてか密接に繋がりそうな断片と興味が不思議。

絵を描こうと エンピツを走らせる。
今迄の線とゆか技法とゆものが、負の物を表現するのにどうしよもなく適しているよで笑ってしまう。

 ずっとずっと典型的な自己中だったのだろう。私は私とゆ、ある意味究極の自己中で完結となるか 否か。

「今日は和食をあっさりいきたい」と云った1秒後に焼き肉屋の看板を見て「ああ焼き肉食べたいなあ!」と
普通に云っていたりする。常なるものなんぞ…。

食欲を抑える秋です。


10/5

ゲイサイ前の反動でしょか。ちと だらしない生活。
色んなものや 人や 言葉に出会って 思うことやら
どうしても引っかかるものごとやら
散らかっているもの 。
そして、これから出会う何か。

うまいこと繋げて 

形にして行きたい。

まだまだ 掘り下げられる筈の素材も投げ出さぬよに行きたい。

次のゲイサイ申し込んでしまって どうなることやらで。

主観てのは良くないな つくづく。


9/30 無力

tatetakako

あまりにも仕事が無いので二日間の有給をとり
そういえばタテさんのライブがあるではないかと!!行って来ました。 新宿レッド・クロス。


いくら無力でも
ちっぽけでも
立ち止まらず
今、出来る限りのことを。


あの人は動いていた 。
http://www.koichihelp.com/
御本人に直接 お会いしての病状の状態のお話を伝えてくださって
母の時の事が 感情が 蘇りました。
私はつい最近
それを描く事で
自分の中で
終わりにしたつもりだった 。
終わりにしてしまったつもりだった 。
個人だと終ってしまうものも
繋がったなら
紡げる何か
あったらいいな 。


今日は贅沢にも、超至近距離で観戦しました。
激しき曲達と優しき曲達をあまりに魂込めて歌われるので
わたくしはもう されるがまま なすがまま
揺さぶられまくり
打ちひしがれまくり
終了後 タテさんとお話出来た。
握手してくれた。暖かかった。
サイン頂いてしまった。あんなすんごいライブする人なのになんでこんなに気さくで暖かいのか。嗚呼。
ふぁんれた代わりに持って行った絵を渡してしまった。
嗚呼。

心のお洗濯に 
タテタカコさん お勧めです。
いろんな方向から良き稲妻が襲いまする。


9/28 秋の夜長


金曜の夜は
偶然にもミクシで知り合ったご近所の3人で
近所に新しく出来たバーに集った。
手作りの内装の、古着やアート作品が並ぶ店内。
次々と繰り出される 良き 音楽。
ものをつくる人達
なんだかわくわくしてしまいます。


土曜の夜は
一人、久しぶりにHUBのライブへ。
HUBの音楽は、相変わらず無条件で気持ちが上がる
みんな笑顔全開な感じなのに、カッコ良くて独特の音で。
何でもそうですが
良い物に ジャンルなんて関係ないのです。
ZeNさんに貰ったHUBステッカー、こけしに装着。
今日から 波舞子ですわよ。

こけし


9/23


図書館へ行き
村上隆「芸術起業論」
と もう一冊 仏教関連
借りて読む。
今、読んで良かったと思います。

 

私は
お母さんが家族に殺されたようなものだとずっと、家族を恨んで来ました。
でも
お母さんもお母さんで自己犠牲が過ぎたのです。
お母さんもお母さんだったのです。
全くとんでもないお母さんです。
でも
これが愛だと
愛の塊だと
言い切れるのです。
そんなお母さんを私は誇りに思いますし、思えば思う程、痛くも苦しくも強くなれます。
愛の塊(癌細胞と水)が満ちて、自爆した母。
被爆した 私。


お母さんの絵を描いた事で
自分の為でしかないような、自己治療的な表現欲というのが収まってゆくのか
未だよく判らない。

 

どこへ行こう。

 

外的にも
内的にも
落ち着いてしまって
何か物足りない
足るを知らないから
まだまだ

どうしよもないようです。


9/21

「コントロール」観た。


9/20

最近の2作品の、原型だったもの。その通り描こうとして、いつも全然違ってくるので面白いです。

どちらの完成作にしろ

見たくもないもの見せつけてしまいまして、申し訳ありません。

自分自身はかなりスッキリして、まっさらで、放心で、だらり。

気を抜くと 何処かどんどこ汚れていくので吃驚したり

良い言葉を拾いました。

 

闘う相手は誰かじゃないよ


9/15


日本橋の丸善へ。井桁裕子さんの参加されている人形展を観に行きました。
私の中では 別格な 人形作家様です。お手本にしまくって、母の人形やら作らせて頂いておりました。
お人形てレベルではなく、澄んだ存在感が素晴らしかったです。次は本店でも開催されるようで楽しみです。

なにやら、私の情とゆものはプライドとやらにあっさりと捨てられてしまうのか、否か。


9/14 GEISAI#11


無事に寝坊せずに搬入出来ました。
審査員の方々にはスルーされまくりですけども 笑
それはそれで。今何か起きたらブレまくる自信が 大有りです。
とゆことでまだまだこれからとゆことで、これからもどんどんじっくりと、描いて行きたいと思います。
見て下さった方 本当にありがとうございました。
何かを受賞するよりも断然に
嬉しきことがあってしまい、嗚呼ああ。ありがとうございます。


何の為に表現するのか、描くのか、きちんと見据えつつ
最先端な現代美術は むつかしいです わけわからんちんですけども
大真面目に、ハイレベルな絵を描く方々があんなにもひしめいていて
惨敗ですけれども。大いに嬉しかったり。


9/10


霊能力者のほとんどは ガセだとおもったほが良いみたいです。
とても身近な霊能力者も そうだったようです。
半端な力の持ち主は、自覚も無く、その力を利用し続け利用され続け、見えぬ所でまずいことに陥る。
とゆことで、封印です。


その力を頼る者が それに依存していないか
その力を頼る者が それを利用していないか
その力を使う者が それを己の為に利用していないか
その力を使う者が それがなくとも自立し生きていける前提を持ち合わせているか
その力を使う者が 心の底から尊敬に値する 人格の持ち主か


そこのところを見極めたなら
信じるに値する人は  極端に居なくなるだろう。

頼る者、使う者
両者は依存し合いの利用し合いで成立しているのかもしれない。
生活の中にもう溶け込んでいるくらい
利用しまくり、依存しまくりで すみませんでした。外れまくりですけども。楽しかったですけども。好意で沢山助けてもらいましたけども。
もう 卒業です。


己を信じて まっとうな人間として まず 生きませう


9/7

今、雷雨が来てるのですけども、風向きによって、雨量によって、うちの玄関のドアの上部から雨がだだ漏れなるのです。

靴を避難させつつ

至近距離が 水浸しでありますよ。

玄関へむかって 傘広げ。

でも、ここ、好きだな。…そんなオンボロアパートじゃないですよ!?多分 笑 

GEISAIのスペースの大きさを調べてみたら実際の半分くらいに勘違いしていました。

やっべえ。今、気付いて良かった良かった。


9/6

GEISAIもいいいよ、来週に迫って来ました!
絵は、無事に完成にこぎ着けました。あとはじっくり乾燥させるのみです。
人にどんな風に思われようとも、云われようとも
とりあえず この2作品に今の自分の全てを投入出来た、やりきった感は…あります。

今だけの 高揚感

またすぐに

明日がくるよに

何かに追い立てられるのでしょ

また何か、描くのでしょう。

 

 

色々あって、行き違う、人、人。
それでも、信じ続ける事に意味はあるのか。根本的に生き方が違うのなら、そこに意味はあるのか。
この信じ方は馬鹿みたいに愚かなだけなのか 判らない。少し疲れた。

誰も悪者にしたくないだけ。

弱さは 悪ではない。

しかし弱さを弱さと捉える事も出来ないのならば、一生そうしているしかないのだ。

私にはもう 為す術が無い。

自身に得られたものは大事に、有り難く、活かして行きたい。


8/31

吉祥寺スター・パインズ・カフェにて「石橋英子×アチコ・ニューアルバム「サマードレス」リリースライブ

競演・タテタカコ、ひょうたん

行って来ました。タテタカコ目当てですよ。

タテさんがサポートとしてライブをされている事に大きな疑問を持ちつつも、その音楽性と人柄に至極納得しつつ。

品川教会の時よりも近い空間で、密な空間で、後頭部から背すじへかけて電流が走る。胸に突き刺さる。近くに居た男性が思いきり泣いていた。

タテさんもまたすぐに泣いてしまわれて、嗚呼もう…可愛い過ぎます。そのくせ、ぼくとつとしたぶっきらぼうが、素敵過ぎる。

良い時。良い夜 でした。


8/30

 

Rainbow Arts最終日、カメラを回しているお方が居られると思ったら…

イトー・ターリさんのパフォーマンスの様子がアップされていました。
受付してるふり(?)しつつガラス越しに覗き見ていましたのでこの映像は大変ありがたいです。楽しそうでせう。楽しかったです!


8/29

電車で ぐらぐら揺れずに眠れる方法が知りたいのです。

隣の人に 小突かれたり 押さえつけられたり 向かい合いつつ両肩をばしっと、まるで再会シーンのよに 対処されたりと

迷惑かけてすみませんで…

お陰さまでゲイサイに向けての絵は着々と進んでおります。Rainbowでメインに出した油彩と共に2点を持って行く予定です。
自分の中では思いっきりの、直球勝負。

どう出るのだろうな。

どうなのだろう。

独学ですけど 独学だからこそ 恵まれた環境で描いている方には負けたくない部分があり

私の今迄の環境こそが産み出した 私の絵です。 芸術をやる人間にとって一体何が、恵まれて恵まれてないのか、判りませんけれど。

私は私 ということで。


8/23 Rainbow arts 2008 最終日

なにから書いていいのやら

帰って来て、泣きそうになるくらい 嬉しかったです。

8/12に書いた「性別について」の文を添えての展示をさせて頂いて。正直、反応が恐かった部分もありました。
それだというのに新参者の痛々しい画ばかりだとゆのに… 予想を遥かに上回るほどの多くの方にちゃんと見て頂き、受け止めて頂き、更に返して頂き…

大き過ぎる手応えを頂きました。本当に感謝で一杯です。参加者の方々、そしてお客様、本当に 本当にありがとうございました。

なんて

温かいんだろ

なんて

素敵な場。人々なんだろ。

来年は何を描いているのだろか 見当もつきませんが

問い続けつつ 描き続けつつ。 痛くない事を祈りつつ 笑

おつかれさまでした。


8/22

最近、私の中で作り上げたのであろう あまりにも壮大過ぎる推測は

あまりにも隙が無さ過ぎて あまりに繋がり過ぎていて 崩れようがなく

真実といわれるものは あまりにも 隙だらけで 矛盾だらけで 大丈夫なんだろか

何が

正しいって訳じゃないんだ。

楽になればいい。なっていいのに。私は 全部 そのまま 大好きなまま。


8/17

Rainbow arts 2008 展示準備も無事終了、そして開催スタート。

どんどん 私の中にあった様々な物が壊されてゆく

良い意味で、壊されてゆく

新しい 視点を

素晴らしい 視点を 頂いたように思います。楽しかった。


8/14

やっとやっと辿り着いた感が否めないところで、GEISAI用の画題が決まった。

結局 常に生まれたときからスタートラインに位置付いている。

あの人です。でもって、目に見えないものも付随しております。

痛すぎてもダメージ凄過ぎるんですから、まったくも。

一生引きずるしかなかったよなものが

一生通して力にもなる場合も

なきにしもあらず

したいな

しなければ

ですね

礼子さん


8/13

目に見えるものに、人は振り回されがちです

利便性から産み出した道具に、振り回されがちです

一番大事なものは

目には見えないけれど

置き去りにしたら

いけないものです

それより

プロフィールの写真

馬鹿でごめんなさい


8/12性別について

今迄、男とも女とも公表せずにこのHPを続けて来ました。それには少々理由がありました。

今、私なりに、行き着いた答です。もしかしたら物凄く間違っているかも知れないし。

社会から、一般常識から、逸脱しまくってる人間の狂った意見でしかないものかも知れません。

Rainbow Artに参加を決めた事と、この答えが見えて来たこと。そして私として、加瀬世市として絵を描いて来たということ。

見て頂けましたら、大変嬉しく思います。


私は、トランスジェンダーと一応括られる者です。
精神的な男性性と女性性の偏り方というのは、本当に一人一人、性格も、環境も、経験も違う中で千差万別であるのではないかと思っていて。
そして死ぬまで一生、それは固定されているわけではないと感じていて。
自分は一体何なんだろうと
考えた時に
いつも 既成のセクシャリティのどこかに自分を当てはめて、その枠の中に入り込む事に抵抗を感じていました。
それは何故なんだろうと考えると
トランスという言葉の持っている悪いイメージに抵抗があったように思います。
ゲイでもレズでも何でも、その分類用語に対する悪いイメージや固定観念というのは前面に出やすいものなのかも知れません。
その悪いイメージのせいで、行き場がなくて苦しむ人がいることや、自分を受け入れる事に苦しんでしまう人が居る事、
そして無理矢理、自分をそのイメージに押し込めようとする事に
物凄く矛盾を感じています。


人間にとって
何よりも大切なことは
男である前に 女である前に トランスジェンダーである前に
私であることであって
性別の分類はどうでもいいこと。
ただ、ありのままに、そのままの「私」でいいのだと考えられたなら
どれだけ楽になる事でしょうか。
分類する事によって「私」を引き裂いて生きることはないのではないでしょうか。
まず 自分が性別というものに捕われなくなったら
周りも 関係ないのだと 思ってもらえると思うのです。
そして、既にある色々な分類用語に対する悪いイメージを払拭する為には
私として、人として、そのまま堂々と、ありのままに生きる事に
何か大きな意味があるのではないでしょうか。


ご意見等 ありましたら宜しくお願いします。


8/11

ここ数ヶ月に起きている
色々なことが
あまりにも辻褄が合いすぎていて
あまりにも繋がりすぎていて
逃げられない程に
何かに
包まれてしまっている
そんな気がする


お母さんへの思いがとても被る歌
倉橋ヨエコ   「蛙の歌」  「楯」


こんなにも痛い人間いないと思うけど
お母さんには敵いません
愛は
痛ぇです
痛みです


お母さん
あなたは
あまりにもでかすぎて
敵わねえです
でも
今更でも楯になるのは遅くないでしょう
ほんとに
今更遅いですが


逃げられないのは
十分判ったから


行きますよ。

お母さんみたいに自爆する程馬鹿じゃないので 安心しやがれですわ


7/21

RAINBOW ART2008 プレ展を覗きに新宿2丁目へ。

実は二丁目は初めてでして、街角のお兄さんの邪悪なまなざしが怖いですてば。

逃げも隠れもせずに

晒して行きますよ。

ヨエコさんのよに 強くいきますよ。

お母さんを想って 強くいきますよ。

それにしても…ヨエコ靴。そこにあるのに現実感がいまいちなのですね。
受け止め切れてないとゆか 色んな動揺が まだ。


7/20

ヨエコの一部



倉橋ヨエコが倉橋ヨエコを辞める ラストライブでした。
解体を見届けるだけのつもりが…
最後にヨエコが客席に投げたヒールが、私の足元に転がって来ました。
動揺しすぎてまともに文章が書ける状態じゃないのですが
受けとってしまった これは


倉橋ヨエコの 
遺灰の一部
遺体の一部
遺品であると思います。
苦しみも悲しみもその中の楽しさも喜びも、全ての思いをきっとツアー中受け止め続けて来たヒールなのですね。
大事に
大事に
宝物にします


まるでゲロのよに苦しみを表現する端くれの人間として
まだまだ吐き足りない未熟者として
倉橋ヨエコという表現者を
出来る限り
私なりに
受け継ぎたいと思う
とりあえず、添い寝します。
残念ながら?臭くありませんです。
昨日と同じ位置で見れただけで思い残す事などないというのに
これはまじで何か頑張らないと 怖いですね。
奇跡の夜
最高の3連夜でした。
ありがとうしかない。


7/19

タテタカコと倉橋ヨエコ

昨日は仕事を早退し、品川教会へ。タテタカコ「敗者復活ツアー」ライブへ行って来ました。
タテさんのライブ自体、教会自体が初めての体験でしたが、澄んだ空気感がタテさんに凄く合っていて素晴らしかった。
曲の間、独特の間のMCと、曲へ入り込む為の時間、そうして鳴らされるあまりにも美しい音。
会場全体がその空気に呑まれながら一体になっていた。
席が後ろの方だったのですけれど、アンコールで登場後に会場後ろの角までもありがとうございますを小走りで伝えにきて下さった。
半泣きでらしゃった。嗚呼。


去年の品川教会ライブ↓
http://vids.myspace.com/index.cfm?fuseaction=vids.individual&VideoID=27083809

そして今日は


廃業宣言をした倉橋ヨエコ 「感謝的 解体ヨエコツアー」
東京キネマ倶楽部でのラスト前日。
ネガティブな表現を根源として、それを吐き出し切った上での、潔く廃業を決めた事は
音楽への、ファンへの愛の賜物であろうと思う。
解体おめでとうと素直に送り出したい気持ちで一杯で
ひたすら今までありがとうと言いたい。
2列目の至近距離で見えた倉橋さんは
その目だけがずっとこみ上げていて
こぼさず 笑顔で
一曲一曲に全てを込めてらっしゃった。
最後まで楽しく素晴らしいライブをやりきってらっしゃった。 二階にタテタカコさんが来てたそうな
なんとゆ 
二日とも、もう言葉にならない程の素晴らしい時間だった。
今日はいよいよ
倉橋ヨエコ ラスト 解体の日。
看取って参ります。


7/13 GIVE UP

正反対の向きでもって、暴走する頭と心がいつまでもじりじりと自身を縛りつけている。

やっと両方を同じ向きにする対処法を絞り出す。
とゆか、それは今迄の27年間のやり方で、やっぱり私にはそれしか術はないのだ。

愚かだろうが逃げだろが何だろうが

しんどいから
もう
本当にしんどいから

無理矢理に埋もらせたまま、諦めて行く事が唯一の為せる術

どちらかを壊すことなんて
私が私でなくなるように
廃人になってしまうよ

そう
抑圧の塊のまま 生きていく

異常な人間に無闇に近付くべからず

 

 

やることやろう。


7/5

携帯電話を9ヶ月足らずで買い替えて来ました。

トイレに落としてもだいじょぶなように、今回は防水仕様のを。

 

Rainbow Arts 9th Exhibition2008 来月、これに参戦します。右も左もよく判らないですけども、それで良いのだと思います。頑張ります。

一体誰が、どこ迄、自分自身を判ってると云うんだて。


7/3

今日の そら


6/29

今、私はどこまでも、どこまでも抑圧の塊でしかなく

そうしか在れない自分がどこまでも自分らしくもあり

まったくもうどうしようもない所に行き着いて笑えてくる有り様。

白でも黒でもない 狭間の中でとことん戦ってみましょうか。

己を変革してみようか。

それがいつしか 抑圧ではないものに変換される時の為に

負の部分が 今の自分を培っているように

せっかくの過去

せっかくのお荷物

せっかくの宝物にする為に

 

持ち主もろとも携帯も壊れ、不通状態であります。


6/28 家族

封印されている記憶に

付随しているであろう僅かな疑惑

知るべきではない真実

なにが悲しいって

もう既に 無いという事だ

どうにもならないという事だ

お母さんがそれを命懸けでつなぎ止めていた事に意味を見出す為に

生きたいと思う


6/25

何かを待ってしまう私に

タテタカコが歌っている

男前なあの人も きっと

 

「 霧 」(抜粋)

柱に繋いだままの足が 生きては?死んでは?と囁いて
数え歌おぼろげに口は歌い よせてはかえす波間に

振り向かず 振り向かず お行きなさい
振り向かず お行きなさい
振り向かず そのまま お行きなさい
振り向かず お行きなさい

駆けてゆく少女は夜を斬って 繋いだはずの糸はもうなくて
彼女は気付かずに行くだろう 最初から無かったことも


6/24

いない方がいい人間というのは 確実にいる

ほら

此処に


6/23 正しき判断を

 

一度 それ を捨てた人間が

それ をまた手にしようなどと

そんな資格など有る筈が無かったのだ

私は、もう相当、足を踏み外しているようだし


6/22

タテタカコCDを大人買いしたものが、届きました。

倉橋さんに求めて得られなかったものが ここに在ってしまった。

言葉のひとつひとつに

声の伸びのひとつひとつに

金縛りにあうような なんて人なんだろう。たった3歳しか違わないとゆのに。

この詩に 撃たれた。

タテタカコ「残影」


6/21

抱きとめてくれそうな優しい人を見つけてしまった

甘えん坊の

暴れん坊の

きかん坊

お前を殺したい

お前が全てを破壊する

どうしたら


6/15


狂った世の中、そのまま流れて狂っていくだけじゃ、つまらんですね。
思いきり逆流している人達ほど、とてつもなくかっこ良く見えるのですね。
そこになにがあるんだろか。
ずっと見つめていたいものです。


6/14「a wing」

やっと描き上げました。
やっと、固まりました。

どこまでも人間らしく
悪あがきしてやる
血の 赤
痛みの 赤
残す。
流す。
迸る。


6/13


会社の記念日でお休み。
会いたい人に会えなくとも側へ行きたいと思い立ち


何故か 初めての江ノ島、そして初めての鎌倉へ。
あんまり天気が良いから夕方行ったのに、元気な太陽と、元気な風に煽られて
てくてく、てくてく 歩き回るのでありました。


鎌倉、良い所です。
目の前でぴゅーぴゅーと焼かれる「たこせんべい」美味しかったです。


6/10

某人がバイトを始めるも、なかなか大変なようであります。
そりゃ、何十年も 働かない事が当たり前のなかでぬくぬくと過ごし、置き去りにしてしまったものを
取り戻すのはそうそう簡単な事ではないだろう。

まず
自分の足で立って
なにか言わないとですね。
何も始まりません。
響かない。


6/9

ヤバいですな。自分が気持ち悪い。電波野郎だ。5年前にもやってたな。

いかんいかん。

何にも判ってない。

何にも判ってはいけない。

何にも 気付いていないのだ。

宝石と羽根だけ抱えていようと思う。


6/8 ここ5日で

やっと 目が覚めたのか。結局私は 色々な方におんぶにだっこなのでありました。

これからじっくり、返して行こう。

生きる事は、あらゆるものとのコラボレーション。

倉橋ヨエコも きっと似た者同士で大好きだったのだ。行き詰まるということは脱皮出来るという喜ばしい事なのかも知れない。

先を行くものが居る。タテタカコが「宝石」と「道程」を教えてくれた。

私には 宝石と 羽根がある。

それはあまりにも眩しすぎて、血まみれの心なんぞかき消してしまった。


6/6 宝石


まなざしを できるだけ遠くして
見つめると 見つかるもの
すぐそこにあるもの


例えば たった4文字の言葉
どんな状態で
どんな思いで
投げかけてくれたのか
それはどんなに光輝く 重い宝石だろう


まなざしが内へしか向かないということは
なんにも見えなくなるということ


愚か者で居るわけにはいかないんだ
曇らせる訳にはいかないんだ
生き抜いて
生き抜いて
守るべきもの


宝石


タテタカコ「宝石」


映画「誰も知らない」に出演して、テーマソングも歌っていたタテタカコさん。TUTAYA DISCASでCDが届いて聴いております。
素晴らしい。
倉橋ヨエコもこのピアノ一本の路線で行けたなら 良かったのにな。


6/2

全てを汲んでくれたかのような言葉 現実だったのだろうか。

あらためて この心を見つめてみる

血まみれみたいなんですよ。

お母さんのが もっともっともっと痛かった。

自分の事で精一杯なようでは 先は遠い。

自分と 勝負だ。

こんなもの

殺してやる。


6/1

ありがとうございました。

重く、前向きに、この日を受け止め、前進あるのみです。


 

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